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戦後70年

今年は、日本で1945年に戦争が終結してから70年が経つと言う。

 

経つと言う、という言い方をしたのは、僕は今27歳で、1945年に終結した戦争を知らないからだ。

 

知らないことは、知ろうとしなきゃわからない。

 

 

戦争。

僕にとって、僕の拙い知識での“戦争”とは、

金儲けのためにやるもの。民族、宗教などの違いがこじれて起こるもの。兵器。核兵器。資源。利権。国境。暴力。侵略。虐殺。民族浄化

 

総じて「やってはいけないもの」。

これまでの義務教育、ニュース映像、反戦映画、ネットで得た知識の賜です。

 

でも。

 

もしも目の前に戦争が降ってきたら?

 

上の知識は何の役にも立たない。

 

ここが侵略されて死ぬのか。兵隊として他国へ送り込まれて死ぬのか。地面の上で死ねるとも限らない。空で死ぬのか。海で死ぬのか。銃で死ぬのか。爆弾で死ぬのか。焼かれて死ぬのか。刺されて死ぬのか。毒で死ぬのか。人に殺されるとも限らない。無人兵器で死ぬのか。感染症で死ぬのか。餓えて死ぬのか。覚悟して死ぬのか。不意に死ぬのか。みんなで死ぬのか。一人で死ぬのか。一瞬で死ぬのか。苦しんで死ぬのか。それとも殺しながら生きるのか。耐えられなくて自殺するのか。それらを抱えて生き続けるのか。

その中からですら選べないのか。

 

多分、僕の想像なんか軽く超える光景が待っているでしょう。

 

どうすればいいのか。

 

戦争を起こしては、いけない。

起こしてしまってからでは、遅いのです。

 

 

 

今回、よこはま壱座で戦争に関するお芝居をやることになり、恐らく義務教育?少なくとも高校振りくらいに、戦争という単語を意識した生活を送っています。

 

それでも日本は平和だから?戦争とは無縁!って空気だから?(ニュースとかよーく見るとそうでもないんですけど)日常とのギャップをとても感じます。

 

そんな中で先ほど、とある戦争映画を観ました。

 

観終わって、あらためて思ったことがあります。

音楽、映画、舞台、絵画、おおよそ表現と言われるものは、受け取る側が受け取って初めて、表現として成立し得るということです。

 

 

 

“闇に咲く花”は、太平洋戦争終結直後の日本が舞台になっています。

 

どうか受け取りに来てください。思い出しに来てください。戦争を体験した人に戦争の記憶を思い出せと言っているのではありません。日常に流れている小さな違和感、目を逸らしたら一瞬で忘れてしまう些細なこと。みんな本当は知ってるはず。どうか感じ取りに来てください。

 

僕は戦争を知りません。さらに得た知識は狭く薄っぺらいものかもしれませんが、これだけは言えます。

 

僕は、戦争には断固、反対です。

 

 

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